男子への加点は駄目で女子への加点はOKという矛盾(東京医科大の件)

 東京医科大が受験の際に男子に加点して社会から大バッシングを受けているが2016年に大阪電気通信大学が「全学部において女子に加点します」と公言した際には社会はそれを受け入れた
アファーマティブアクションという男女のバランスを取るという社会正義(その方が社会の益になるという生産性)が前提になれば不公平は許されるという判断なのだろうが
それなら今回の件も「女性医師は結婚して離職する傾向が高く女子学生の割合が増えれば医師不足になる」という社会正義が理由としてあった訳だがなぜこれほど叩かれるのだろう?
 
アファーマティブアクションは差別の是正であり男子はデフォルトで加点されている様なものなのだから女子が加点されても問題ない」というのは詭弁男女差から差別があると漠然と決め付けるのではなく本当にあることを証明してピンポイントでそこにある差別を是正する方法でなければいけない
何となく「人口比は半々なのに男女差がでるのはおかしい!差別に決まっている」といって、とある大学で女子に加点するのは(仮に社会全体に何らかの差別が働いているとしても)の漠然とした動機からその大学で女子に加点することの整合性はないはずで実際にその大学で男子が有利な差別があるならそれを証明した上でピンポイントでその不公平を是正しなければいけない
アファーマティブアクションは大雑把過ぎる、例えば企業Aで社員の男女比が8:2で男性が優遇されていると疑われる場合に関係のない企業Bで「女性8、男性2にしてバランスをとります」といってもBに入りたい男性は納得できるわけない
正しくは企業Aで男性優遇があることを証明しその差別をピンポイントで是正すべきだ、証明も大事で例えば企業Aへの入社を志望する男女比が8:2であれば採用される男女比が8:2でもおかしくはない政治家の男女比も政治化を志す人の男女比が圧倒的に男性の方が多いなら偏りはできて当然なのにそこは見ないで人口が半々なのに男性ばかりなのはおかしい、差別にきまっていると決め付けていないだろうか?